静岡県道288号(夏焼側)

静岡県道288号大嵐佐久間線 廃道界ではその名は良く知られた存在であろう。ネット上を探してみると、少数の全区間踏破記録を見つける事ができるが、かなり前の記録では「登山経験必須、命の危険、必ず複数人で一日ががりで」といった感じだったのが比較的最近のものではそんな状況もやや変化しているようだ。
 しかし自分の中では完全に放棄された、禁断の廃道といったイメージが強くここは一つ自分の目で確かめて見たい。

A地点 夏焼隧道

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 現在ではその全線が静岡県浜松市天竜区に属する静岡県道288号大嵐佐久間線だが、かつては北側が水窪町、南側が佐久間町と別れていた。しかしここまで市の名前とイメージが合わない場所も珍しいであろう。
 地図を見ると分かるように天竜川の対岸の愛知県豊根村(ここも数年前まで「日本一のミニ村」富山村、豊根村と別れていた)にはそれなりに整備された県道1号が通っており、沿線に分岐も集落も無い状況では県道288号が廃道化するのは致し方ないようにも思える。











 2008年7月24日
 飯田線の始発で輪行し、大嵐駅に到達した。以前にも訪れたことがある場所だが、今日の目的は夏焼隧道ではなくその先の県道288号である。
 JR飯田線大嵐駅から夏焼集落へ向かう区間の県道288号は、昭和30年に佐久間ダム建設によって切り替えられた飯田線の旧線を転用した道路になっており、この夏焼隧道も形状からも分かるように鉄道由来のものである。


 2010年2月夏焼隧道を再訪し詳細なレポをまとめました
 是非ご覧下さい















 気になる抗口脇の看板だが、こんな内容である。
今まで過去に2度ここを訪れたことがあるがそんなこともなかったが、もし本当にそんな事になったら後述の理由によりダムの水位が下がっても内部に水が溜まってしまうのではないかと心配になる。
















 さて内部だが、このあたりの飯田線お得意の下半分素掘隧道になっている。現在現役の隧道にもこのタイプは残っているようだが、車窓から確認した限りでは、どこもしっかり崩落防止のネットが掛けられ岩盤がむき出しのところはあまり無いようだ。
 延長は1km近くあり結構長いが所々ながら蛍光灯の照明があり、足元を気にすることなく進むことができる。
 やがて蛍光灯の明かりから分かるように結構な勾配でダム湖へむけて下ってゆく。










 








 隧道は途中から全面コンクリートに変わり、下り勾配も治まるがこれは補修の結果ではなく、ダム側の抗口が水面ギリギリで低過ぎて道路転用に適さないので、途中から堀り直して抗口をかさ上げした結果らしい。
 という事はどこかに新旧の接合部分がある筈なのだが、どうにもはっきりここと見つけることはできなかった。









B地点







 夏焼隧道ダム湖側だが、やはり言われていれば大嵐側よりも一般的な道路トンネルのような形状の抗口にも思える。
 ちなみに「鉄道廃線跡を歩く\」によると手前のコンクリート塊が旧隧道の抗口上部らしい。
 この隧道は事実上夏焼集落と大嵐方面を結ぶだけの専用トンネルとなっていて極めて交通量が少なく、ゆっくりと観察できる。









 









 左へ進むと大嵐集落方面だが、直進するとすぐにこの場所に出る。
過去2回はここで引き返したが、今日は満を持してガードレールを乗り越える。



















廃道区間に入ってすぐの所は、ご覧の通りアスファルトで舗装されているが真夏ということもあり藪の侵攻を受けている。
 この先自転車が役に立つとは思えないが、とりあえず可能な限り連れていこうと思う。











 







 舗装区間はすぐに終わり、落石、倒木と荒れ放題の道へと変わる。先に見える小屋は廃屋で現在使われてはいないようだが道路が現役の頃からあったのであろうか。
 その先には結構な感じの崩落が見えているがさてどうであろうか。


C地点








 先ほどは可能な限り連れていくいった自転車だが、早くもここで諦める事となった。まあ抜けられる見込みも薄いのでそれ程残念でもないが。
 崩落自体は体一つで越えるならそれほどのものでもなく、ここを通る人は意外にいるようでしっかりと踏み跡が残されている。



















 かと思えばこんな大人しい区間も時折現れたりもする。先ほど舗装が途切れたと書いたが勘違いだったようだ。
 ガードレールも比較的新しいものに見えるのが不思議だ。





















 歩きやすい区間は5分と続かず、再び道全体が大量の土砂に埋もれた場所に出る。
 下のガードレールの所もまだ進もうと思えば進めるのだがその先は…。
















 黄色い標識が辛うじて立っている所がかつての路肩で、その下はダム湖までストンと落ちていてとても進めない。
 ここを越えるには一枚前の画像のように少し手前から上部へと迂回することが必要だ。


D地点
 







踏み跡と赤テープに導かれとどんどん上へ上へと登ってゆくと、こんな小さな滝がある所に出てしまった。
 地図にあるこれから渡るべき沢の上部に当たる部分のようで、ダム湖沿いをほとんど水平に進んでいる筈の県道を思えば明らかにミスルートである。どうやら赤テープは県道とは関係ない登山のための物だったようで、あわてて元来たルートを戻る。
















 なんとか県道へと復帰。
 この辺りで一旦内陸側に進路を変えた県道は、1本目の沢を渡る筈である。























 ここが地図上に示されている一本めの沢であろう。橋は見事に崩壊しているが、先へと進むのに支障はなさそうである。
 澄んだ沢の水は冷たくて気持ちが良く、手と顔をあらって少しさっぱりとする。
























反対側から見ると、ご覧のとおりすっかり橋が落ちたようになっていてとても進めないようにも見える。
 しかし前途のように迂回ルートがしっかり出来ていて足を濡らす事無く通過が可能だ。



















その先 の路面状況は久しぶりに落ち付きを取り戻し好ましい廃道風景になっている。
 道を埋める一面」の落ち葉の下にはアスファルトが埋まっているのであろうか。



E地点







この日は梅雨明け直後ということもあってかダム湖は満々と水を湛えていて、渇水期に見える筈の飯田線旧線の遺構を確認することは出来なかった。
 対岸の高い所には現役の愛知県道1号線が見えているがあちらも険しそうな立地である。




















 この辺りの路肩には、ガードレールの先祖とも言えるコンクリート製の駒止が残っている。
 転落する車を止める能力は別としてもその頑丈さだけなら現在のガードレールにも負けないものがありそうだ。















 








 この先も小規模な崩落がいくつかあるが特に問題無く進むことができる。
 そして…。























 この大崩落はごく最近発生したもののようで、少なくとも2004年のネット上の記録を見る限りその時点ではなかったもののようだ。







F地点





 


大型テレビどころか冷蔵庫、果ては軽自動車ほどもあるような巨大な落石が辺り一面を埋め尽くしており、一瞬で「これは無理」だと思った。
 しかし行ける所までは行ってみたいというもの。なるべく安定した所を選んで少しだけ落石の山へ登ってみる。




















 まだ大きな石がごろごろしているならまだ足ががりがあってなんとか進めるが、その先はいかにも滑りやすそうな細かい砂の急斜面になっていて、次の一歩はどうしても出なかった。
 「対岸」までは50mほどありそうだが、向こう側にある筈の道は確認できずどうなっているのかは不明だ。



















 下を見ればこの通りで、もし落ちれば落石の斜面でバウンドしながら最後は木に引っかかることもなくドボンか。いずれにしても助かりそうにもない。
 足元も怖いが上からの落石はもっと怖いので、早急にここを脱出して引き返す。

















 帰路に見つけた落石への書き込みは登山者によるものとは思えず、後ろの電源開発株式会社とある看板と共にこの道が完全には放棄されていないことを示しているように思う。



 地図上でも解るように、全長20km近くある県道288号の通行止区間の中で今回はわずか2kmほどしか進んでいない。しかし佐久間ダム側はゲートの先かなり奥まで整備されたダート道が続いているようで自転車を活用すれば効率の良い探索ができそうである。


佐久間ダム側へ続く