万世大路(福島側)2007
 東日本の廃道界における大物中の大物、栗子隧道を挟んで福島〜山形の県境に位置する旧国道13号万世大路。
明治14年の開通から昭和の大改修、そして昭和41年の東西栗子トンネル完成による新道切り替えまでの歴史を秘めた道であり、その道では知られた存在であった。

 ちょうどこの2007年頃は「廃道ブーム」が起こりつつあり、藪深く踏破困難とされていた万世大路旧道も訪れる人が増え、その状況にも変化があった時であった。

 東栗子トンネル

 2007年11月2日

国道13号栗子峠

 この場所は東西栗子トンネルの中間地点となるが、この日自分は奥羽本線沿いのルートでここへ到達しており、西栗子トンネルは経由していない。

 ここから福島県に入るようだが、目指す福島側旧道は、先に見える東栗子トンネルの先である。

 インパクト大の巨大なトンネル上の換気施設だが、何やら工事が行われており、仮囲いが為されている。
 狭い、そして怖い。

 1966年開通、全長2376mというこの東栗子トンネルだが、歩行者及び自転車の通行は全く考慮されておらず、ゴミや砂の溜った僅かな路肩スペースを時折通り過ぎる大型トラックにおびえながらゆっくり進む他にはない。

 狭い路肩を一層狭くしている壁面の段差が憎い。
 個人的には、ここは国道17号三国トンネル、内房の国道127号明鐘岬周辺のトンネル群と並んで自転車にとっての三大怖いトンネルだと思っている。

唯一の救いは全線下り勾配なことで、約10分程で通過することが出来た。

 ちなみに笹子トンネルの事故により、同様の構造を持つこの東栗子トンネルも天井板の撤去工事が行われたようである。

 

 旧道入り口 

 福島側旧道の入り口はトンネルのすぐ横にあり、特に目印もないが、しっかりと轍がきざまれており、特に通行止め、立ち入り禁止等の表記も無い。

 公式にも通行止めにはなっていないようで、堂々と入れる貴重な廃道(旧道)である。

 
 先ほどの入り口は本来の旧道分岐点では無く、しばらく進むと石垣の積まれた本来の旧道へ合流する。
 現役時代を彷彿とさせる堂々の二車線。

 苔むした石垣が美しい
 早くも、最初の見どころ、二ッ小屋隧道。

 明治14年の完成の後昭和10年頃に車道化の改修がなされ、このようなコンクリートブロック積みの堂々たる坑口になっている。
   全長387mのこの隧道だが、内部の損傷は激しく、絶えず滴る地下水が足元を濡らす。

 前方上部の明かりは何かと言うと…。

 二ッ小屋隧道とその先

   天井にぽっかりと空いた穴。

 今日はそれ程でもないが、日によっては滝のように豪快に水が落ちるという。

 また冬季にはそれが巨大な氷柱となるとのこと。
 

  山形側
  
  巨大な落石が目を引く

  又、ここからでも例の洞内滝が確認できる。

 
  烏川橋、老朽化著しいが、轍が示す通り今現在でも普通に四輪車も通る場所である。
     日本製紙社有林とある。

 かつての車道の面影を残す快適なプロムナードが続く。
   この辺りから九十九折れの勾配が急になり、峠越えの雰囲気が出てくる。

 紅葉が美しい。
   出発から1時間20分、大平集落跡に到着。

 ここからは四輪不可のシングルトラックとなるが、2007年時点でも既に万世大路旧道の認知度は上がっており、新しいバイクの轍がくっきりと残されていた。
 ここで自転車とはしばしの別れ。


 廃道へ

    藪の中の轍を辿って進むと、突如として現れる大平橋

 以前は欄干部分を中心にツタに覆われていたが、この少し前に有志によって撤去され中央に集められたとのこと。

 現在でもツタのない状態が保たれている。
   バイクを通す為に切られたと思われる灌木。

 鉈程度ならともかく、鋸ですっぱりと切られており、全く用意周到なことである。
 10分程で杭甲橋
 
 こちらは大平橋と違い以前からツタや倒木の無い綺麗な状態であったようである。
     杭甲橋中央部分より

 正面に見える鞍部が栗子峠、その下に目指す隧道があるのだろうか。
   この先は万世大路の認知度が上がる以前は、かなり藪がひどく、徒歩でも進むのにも苦労があったようだが、2007年時点でもバイクの轍ば示す通りかなり通り易くなっている。
 
   急勾配の九十九折れが続く。

 目指す隧道はもうまもなくか。











 栗子隧道 

 福島側入り口から1時間50分、ついに栗子隧道捕捉。

 いつかネットで見たその姿は感慨深い。 
 明治14年竣工 昭和11年改修、全長877mの堂々たる栗子隧道

 昭和41年の東西栗子トンネルの完成によって放棄されてから半世紀近くが経つが、2007年秋のこの日、そして2014年現在でもその雄姿を留めている。
 内部は水没。

 しかし水深はそれ程でも無く、程なくして再び陸地が現れ、その先は大崩落地点を経て閉塞地点へ至る…。
 というのは後に得た知識で、この時は事前情報に乏しく、また日の短い晩秋では時間の余裕も無かった。
 右書きの扁額を見上げる

 震災を経てもこの坑口の崩落具合はほぼ変わらないようだ。
   なんとか日が暮れるまでに下山したいもの。

 16時半過ぎに自転車を無事回収
    しかし途中、日没を迎えるもなんとか無事下山。

 先に見えるのは東栗子トンネルの明かり。