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  高瀬橋対岸への道 第二回 (長野県) 




 飯田線随一の「秘境駅」小和田駅の西方にある高瀬橋。
 天竜川の支流、河内川を渡り一つ先の中井侍駅方面へと続く規模の大きな吊り橋であったが、相当前に落橋し渡る事はできない。
 小和田駅周辺の大きな見所の一つであり、ネット上のレポートも数多いが、対岸の中井侍駅側の現状に関する情報は多くない。

 大崩落

 大崩落の上部へ。

 直径1m程の岩が幾重にも積み重なっており、元々の路面よりもかなり高い位置を進んでいるようだ。
 50m程進んでもまだ先の道は見えてこない。

 眼下に天竜川の水面を見ながら崩落地を進む光景は10km程下流にある、あの県道288号大崩落地点を思い起こさせるが、ここは結構な年数を経ているようであり、今にも動き出しそうなエッジの立った岩が積み重なる288と違い比較的「落ち着いている」。

 ようやく対岸が見えてきた。

 100m程にも渡る大崩落であったが、実際のところ踏み跡もあり、通行皆無な訳ではないようだが崩落発生当初は今よりも遥かに難易度が高かったのであろう。
 対岸の道は再びのフラットダート。

 立木に取り付けられたピンクテープがここを通行する人が定期的にいることを示している
  来た方角を振り返る。

 水位の高い天竜川にそって平行に付けられたラインが確認できる。

 天竜川と石垣

 天竜川に向かって建てられた「61」。

 以前夏焼隧道先の飯田線旧線を探索中に「36」を発見したことがあり、河川を航行する船に対する標識なことは間違いないところだと思われるが、その意図は不明である。
 
 苔むした路肩の石垣が見事。

 時代は全く違うが、中世の城跡のような雰囲気もある。

 それでもかなりの年数を経ていると思われるが少しの欠けも見られず、一見荒らそうにみえても確かな技術で積まれている。
 地図上でも目立つ、道が天竜川へ半島状に突き出した地点に残る二本の松。

 夫婦松とでも名付けらせそうなものであるが、残念ながら片方は枯れてしまっている。

 高瀬橋まではあと1km程の筈。
 少し内陸へ進路をに変えた道は、杉の植林地に入る。

 太くまっすぐに育った杉が路肩に沿って植えられ、杉並木のようでもあるが一部は路上に植林されてしまっている。

 タケノコ 

 「国調多角」

 測量関係の杭のようで、それほど珍しいものでもないようだが、このような廃道同然の道で人工物を見つけると、それでもうれしいものである。
 再び道は荒れ気味に。

 画像では解りづらいがこの辺り竹が多く、また道路下には結構な広さの平場もありかつては人々の暮らしが営まれていたのかもしれない。

 また筍堀りの跡?と思われる穴もあったがこんな所までわざわざ取りに来るのであろうか。
 何度めの崩落であろうか。
 
 しかし、どれも今現在では落ち着いており、とりあえず何とかなる程度である。
 高瀬橋までは700m程であろうか。

 そろそろ変化が欲しいところであるが、前方に見える影は何?

 落橋

 おおっ、隧道…ではありません。

 この画像だと道正面に隧道が開口しているようにも見えるが、進行方向は光が当たって白くなっている方角である。

 それよりもこの陥没は橋が落ちたものか。

 それほど困難そうには見えないが…。
 
 謎の穴の種明かし。
  
 やはり画像では解りずらいが、サイズ自体が高さ1m程しかなくこのような立地では隧道でないのは明らかだ。

 上には飯田線の線路があり、これは暗渠の類か。
 上から落橋地点を見る。

 対岸のコンクリート橋台は確認できるが、肝心の橋本体はどこへ行ってしまったのであろうか。

 朽ちかけた丸太二本は木橋の残骸とは思えないが。
 谷底からの一枚。

 道路からここへ下りることはそれ程困難ではないが、谷底は結構な角度で天竜川へ向けて下っており、あまり谷側にルートをとるのは安全ではない…のだが唯一の踏み跡は上のコマの画像でいくと丸太の下をくぐって橋台の谷側をよじ登るように付けられている。


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