今日は最後の県境を越えて、鹿児島県に入る日だ。いよいよゴールが近づいたが、少し寂しい気もする。
まだ6時前だが、朝風呂を浴びる人は多く意外に賑やかだ。明日は仕事で飛行機の時間に遅れる訳にはいかないので、夜明けと共に出発する。
久しぶりに走る国道10号だが日豊本線との併走は長く続かず、市街地を出ると再び別ルートとなる。これから先国分までの約45kmの間線路に沿う県道に入ると今日最初の駅、五十市駅に到着。宮崎県最後のこの五十市駅は、昨日の青井岳にあったようなガラス張りの待合室があるだけの駅で、これから先こんな駅が増えそうな感じだ。
宮崎⇔鹿児島の境界は、なんの変哲もない町中だが宮崎県側には「県境」というバス停があり面白い。
鹿児島県に入ると徐々に登り勾配が感じられるようになり、次の財部駅に着くころには山々が目前に迫った。
財部駅は昔ながらの木造駅舎が健在で、駅前の丸ポストもいい雰囲気を出している。
ホームに出て辺りを眺めていると、警報機が鳴り出し、鹿児島中央行の列車が到着した。
車両はキハ58、キハ28の2両編成でこの電化区間で気動車が運行されている事と旧型車両が残っている事の両方が意外だ。
特急列車との交換が終わり、独特の排気臭を残して去っていく列車を見送るといよいよ山越えにかかる。
昨日以来自転車の調子は良くなく、後輪がかなり振れているようだ。ひょっとしたらスポークが折れているのかもしれないが、あと半日だけなので何とか頑張ってもらいたい。
勾配はそれほど急ではなく、案外楽だがこの先登りが長い事は分かっているのでゆっくりとしたペースで行く。
交通量の少ない県道が日豊本線を跨ぐ手前に、ホームが見えてきた。北俣駅に違いないが、ホームへ続く道が見あたらない。
周りを見回すと、どうもずっと先に駅の向こうに広がる集落へ続く道への分岐があり、そこから回り込むのが正規のルートなようだ。
しかしいかにも時間がかかりそうだし、草むらのなかには踏み跡もあったので迷わずガードレールを乗り越えた。
北俣駅は片面ホームに簡易駅舎があるだけの無人駅だが、いままでと同じく歩道橋のような跨線橋がある所が幹線の駅らしい。
駅前の集落は昔ながらの立派な作りの家ばかりで、県境をまたいでいるせいもあるのか、都城からはそれほど離れていないものの、通勤圏ではないようだ。
登りは続き、財部以来初めての信号を右折すると大隅大川原駅に到着。峠の途中の便利ではなさそうな所だが、辺りの集落には商店もあり、住む人は少なくなさそうだ。
簡易駅舎から階段を登った所にある島式ホームには、前に何かの雑誌で見た非電化時代の雰囲気が残っており、列車が来る度に階段を登ってホームへ上がりタブレットを交換した駅員の姿が思い浮かんだ。
しかし大隅線、志布志線の廃止で旧国名「大隅」が付く駅はここと肥薩線、日南線の一駅づつになっていてそんな意味では貴重な駅だ。
時々霧島方面の眺望が開ける場所もあり、サミットは近い気がする。県道は線路から一度離れると下りに転じた。峠らしい雰囲気はしない場所だったが、県道の最高地点だったようだ。
左側に注意しながらゆっくりと下っていくと、崖下に民家が見えてきた。
北永野田駅はあの集落にあるに違いないが、かなり高低差があり行きはあっという間だろうが、帰りはしんどそうだ。
集落へ続く急坂を一気に下り、踏切を渡ると、北永野田駅のホーム側に出た。
線路に接して結構大きな建物があり、一見鉄道関連の施設に見えるが実際には普通の民家で、やはり駅と間違える人がいるのか「トイレはありません」という手書きの看板が置かれている
。
跨線橋を渡り、階段を登ると、今までの駅と同じような簡易駅舎が建っていた。
駅前の道を左に曲がると先ほどの踏切の手前に出たようで見落としたようだ。
坂道を登り県道に戻ると、一気に峠を下る。登りはゆるやかだったこの山越えだが、下りは直線的かつ急で、国分側から登ったほうがきついに違いない。
道が平坦になるとすぐにコンビニやブックオフもある国分の市街地で、駅も近そうだ。
既に錦江湾が近い国分駅は都市近郊の駅といった感じで、整備された駅前は賑やかだ。
まだ距離はあるが、鹿児島への通勤客もいるのだろう。
次の隼人駅までは3kmもないのだが、さすがに市街地で信号も多く思うようには進めない。
肥薩線が分岐する隼人駅は「はやとの風」の運行と共にリニューアルされ、観光に力を入れている事が感じられる。
しかし、駅前には昔ながらの家も多くどこかのんびりした雰囲気だ。
すぐ近くには「隼人塚」があるようなので寄ってみる。平安時代に作られた石像で、最近製造当時の姿に戻す補修が行われたようだが、千年の年月を経た部分も現代になってから復元された部分もほとんど見分けがつかず見事だった。
国道223号を少し行くと、今日の朝別れた国道10号に合流する。小倉以来つかず離れずを繰り返してきた既に終点も近い。
道は線路から離れ、いよいよ錦江湾沿いを行く。海岸ぎりぎりで景色いいが、歩道は無く路肩は狭い。そのうえ大型トラックが次から次ぎへと追い越していき、写真を撮るのも落ち着かない。
しかしこういう生身の人間が通るのに適さない道も大分慣れた気がする。危険を感じなくなったというのが良い事なのか分からないが…。
日豊本線はトンネルで抜けている岬の付け根が加治木町との境で、50m程の標高差を一気に下ると市街地に出る。
加治木駅のコンクリート駅舎は大きく古びていて歴史を感じる。
JR九州と言うとなにか派手なイメージがあるが、肥薩線などの木造駅舎はもちろん、こういった国鉄時代の雰囲気を残した駅も当然多い。
住宅街の中を線路沿いに進むと次の錦江駅に到着する。名前は大きいが、実際には背後に建つ団地の住人のために出来たような新しい通勤駅だ。
川を渡ると姶良町に入る。国道の青看板は鹿児島と枕崎までの距離を示しているが、両者の距離差が約50qしかないのが不思議に感じるのは鉄道愛好者だろう。
鹿児島から枕崎へ向かうのに指宿を経由する必要など無く、指宿枕崎線で枕崎へ行くのは全くの遠回りだ。
商店などが立ち並ぶ狭い県道を少し行くと姶良町の中心に出る。帖佐駅は近いはずだが、こういう町中は意外に駅を見落とし易いし、何より出会い頭の事故に遭いやすいので慎重に行く。
帖佐駅は石造りの重厚な駅舎が印象的な所だった。こういう所はありそうで意外に無い。
海に近い姶良駅はこの町の中心駅のようだが、先ほどの錦江駅と似て、大きいのは名前だけで実際には町外れにある通勤駅だ。
次の重富駅には駅前に大きなフェニックスがあり、改装された屋根が立派な駅舎に映える。
この先、鹿児島まで桜島を望む錦江湾沿いを行く。国道10号のハイライトで、日豊本線も崖上を併走する。
今日は晴れてはいるものの、桜島はいまいちはっきりとは見えない。しかし充分に鹿児島へ来た事を実感する眺めだ。
相変わらず交通量は多く、気の抜けない道は鹿児島市に入ってからも続く。
やがて山側の車線に今まで無かった歩道が現れた。歩道の設置工事が最初に行われるのは、駅、バス停、小学校の周辺などが多く、竜ヶ水駅は近そうだ。
国道から急な階段を登った先に桜島の眺めが見事な竜ヶ水駅のホームはある。急斜面にへばりつくように建つこの駅だが、山側の簡易駅舎の向こうには平地もあり、専らそこの住人が利用する駅なようだ。
利用者は少ない駅だが列車の本数は多く、ホームに立っている間にも2両編成の気動車と特急きりしまとの交換が行われた。
既に鹿児島の街は近いが、国道10号の道幅は徐々に狭くなる上に、故障した車が停まっていることも加わり、渋滞が激しくなった。
いずれは道路の改修が必要な区間だと思うが、いかんせん崖と錦江湾に挟まれた場所で簡単にはいきそうには無い。
市街地との間を隔てるトンネルにはガードレールの付いた歩道があるが、この幅が非常に狭くサイドバックの付いた自転車を入れると人とすれ違うのも困難な程だ。かといって大型車が道幅一杯に激走する車道を走るほど命知らずではないので歩道を進んだ。
向こうから人や自転車が来ないか心配になったが、幸いにも無事に抜ける事が出来た。
国道10号の最終コースを走り、日豊本線と鹿児島本線の終点、鹿児島駅に1452、到着。市街地の中心はまだ遠いが「鹿児島に着いた」という実感が沸く。
以前来た時と変わらず観光案内所が閉鎖された駅の周囲は静かだが、今までの駅とは違う「風格」がある。
日曜日という事もあり、人も車も多い道を西郷隆盛像や城山など名所を見ながら進む。天文館の辺りは買い物をする人で溢れていて、荷物を着けた自転車の俺は全く場違いな感じだ。
今日の目的地、鹿児島中央駅に1543、到着。広い階段の上に建つ駅舎の赤が印象的な所だが、隣に観覧車まで付いた駅の何倍も大きい商業施設が出来た今では、何だが後ろへ引っ込んだような印象を受ける
。
北は札幌、南は鹿児島到達で日本縦断達成だという人もいて、それはそれで良いと思うが、自分は宗谷岬まで行ったのだから当然佐多岬へ行きたいし、「日本縦断各駅停車」としては「JR最南端の駅」西大山駅「最南端の終着駅」枕崎駅も訪れなければならないだろう
。
このコースを3日間で終えるにはしっかりと計画を立てなければいけないし、資金も当然必要だが、ここまで来て止めるわけにはいかない!
さてこれから帰らなくてはならないが、駅をゴールに定めたものの、実際には空港行きのバス乗り場が最終地点だ。
鹿児島空港までは一時間程掛かり、将来九州新幹線が全通した際には博多⇔鹿児島間の競争は激しくなりそうだ。