日本縦断西日本編22日目【平成17年1月18日】レストハウス古里(鹿児島県指宿市)⇒錦江湾サウスロードYH(鹿児島県肝属郡根占町)
今日はついに、「日本本土最南端」佐多岬を訪れ分割日本縦断が完成する日だ。
大根占行「小型」フェリー「なんきゅう」号の出航まではまだ時間があるが、フェリーに乗る時は、「小型」と言えども、飛行機と同じで早めに行くものだと思うし、指宿の街も少し散策してみたいので747、夜明けと共に出発する。
指宿の街はまだ眠ったままだ。「砂蒸し」がある温泉街の通りも、人の姿は無い。
なだらかな砂浜が続く海岸に出た。ちょうど水平線に朝日が昇りつつあり、沖に浮かぶ船がシルエットになり、美しい。
港には、既にフェリーが停泊しているが、タラップを上げたままで、まだ乗船出来そうにない。
しかし本当に「小型」だ。普段思い浮かべるフェリーとは全く違う乗り物で、恐らく普通車でも10台程度しか積めなそうで、予約制も仕方ないだろう。
フェリーの事務所も「小型」で、プレハブの簡易な建物だ。既に予約の際に名前や連絡先は伝えてあるので、運賃1100円を支払うだけで乗船手続きは終了する。
まだ乗船までは時間がありそうなので、昨日買い損ねた西大山駅の記念入場券を買いに一度指宿駅に戻る。
入場券とは言っても、無人駅の西大山駅では当然何の効力も無くただの紙切れに近いのたが、160円を払って購入した。
よく見ると日付も入っていなかったが、機械で印字される訳でもないので自分で書いても同じということか。
これからは明日の午後、鹿児島中央駅に着くまで、完全に鉄道と無縁な所を走る事になるが、北海道以外で2日間もレールと出会わない旅をするのは初めてだ。
港へ戻ると、既に乗船は開始されていて、何台かの車が積み込まれていた。こういう短距離のフェリーは船の前後にタラップが付いていて、前進で乗り降りできるタイプが多いと思うが、この船はそうではなく狭い場所へのバックでの積み込みは技術を要する感じだ。
自転車を置く専用の場所というのは特に無く、通路の脇に置ように指示された。
甲板に上がると冷たい風が吹き付け、快適ではないが出航まではここで過ごそうと思う。
目指す大隅半島は、この薄曇りの天気でもはっきりと見えているのだが、予定では30分ほどかかるらしく意外に距離はある。
やがてタラップが上がり、船は港を離れたが銅鑼もファンファーレも無く、アナウンスすら流れない静かな出航だった。
少し沖に出ると開門岳が見えてきたが、どこから見てもきれいな三角形をしていて、いかに見事な円錐型の山だということが実感できる。今日も一日この山は視界のどこかについて回ることだろう。
海上の風は強く、あまりに寒いので船室に入ったが定員僅か12名の室内は、バスというよりもちょっとしたミニバン風だ。
操舵席と客席との間に仕切は無く、操縦の様子が手に取るように分かる。しかしちょっと見たところ車の運転と変わらない感じで、結構な音量で流れるラジオを聞いているとやっぱり船に乗っている感じがしない。
海は全く穏やかで、少しの揺れも感じない。予約の時には船が小さいから揺れが激しくて、運休も時々あると脅かされたのだが。
船は淡々と真っ直ぐ東へ進み、海上に横たわる巨大な竜のような大隅半島の島影もだいぶ濃くなった。
何だか、渡し船の長距離版のようなこのフェリーだが、以前の山川⇔根占の便はどんな雰囲気だったのだろうか。905、出航の時と同じように静かに大根占港に到着した。
港の設備と言えば簡易なプレハブ小屋があるだけで実にシンプルだが、これからも末永くこの便が存続する事を願うばかりだ。
車がすべて降りた後、軽快にタラップを降り大隅半島に第一歩を記した。
それほど賑やかではない港通りを少し行くとすぐに国道269号に出る。ここをひたすら真っ直ぐ行けば佐多岬で、いよいよゴールが近づいた。
大根占の街を抜けると道は海沿いになり、開門岳が視界に入る。今までよりもだいぶ遠くにある感じだが、これから佐多岬に近づけば徐々に大きくなるはずだ。
眺めの良い平坦な道が少々アップダウンのある道に変わると根占町に入る。
この個性的な町名も合併によって消える運命にあるようで残念だ。しかし多く歴史あるの市町村名が消滅する前のこの時期に旅ができたのはよかったと思う。
かつて山川行きのフェリーも発着した根占は、この辺りでは最も大きな街で今日泊まる予定のユースもあるのだが、今は先を急ぐ。
なぜかというと、バスの時間に遅れる訳にはいかないからだ。そう、佐多岬へは自転車では行けず「佐多岬ロードパーク」の区間は路線バスに乗らなくてはならない。早朝や夜間の営業時間外に侵入し、最南端を目指す強者もいるようだが、俺は素直にバスに乗るつもりだ。
小さな峠を越えると国道は再び静かな海沿いになり、交通量もぐっと減る。やがて左手に道の駅「根占」が見えてきた。
入り口の看板には大隅半島の観光案内図が書かれていて、その中に「佐多岬60q車60分」とあった。
一瞬びびったがどう考えても間違いである。例の山川⇔根占のフェリーはテープで消されていて、それほど新しい感じの看板では無いだけに、今まで直されないのが不思議だ。
こじんまりとした道の駅には、お馴染みの地元品の物販コーナーの他にキャンプ場や斜面を利用した長ーい滑り台もあったが、時期的に営業してはいないようだ。
この先、いくつかの落石覆いやトンネルを抜けたが、広い道に車は少なく快適に走る事ができる。
こういった景色が良く、空気がきれいで走りやすい道を行くのはツーリングの醍醐味だ。
いよいよ九州最南端の町、佐多町に入る。 今まで数え切れないほど市町村の境界を越えてきたがそれもこれで最後だ。
漁港もある伊屋敷の集落にはAコープがあり、今後補給は難しそうで、アップダウンのある道も予想されるので、ここで早めの昼食を取り先に備えた。
内陸に進路を変えた県道は、徐々に登り勾配に変わり、民家も少ない山の雰囲気になる。
地図を見る限りでは、小さなアップダウンが連続する道を想像していたが、実際にはちょっとした名無し峠を越えるルートなようだ。
勾配はそれほどではなく、車の少ない道は自転車向きだ。自宅の近くもこんな所があればと思う。
セメント工場の先の短いトンネルがサミットで、眺望も開けないが、途中には眼下に海とその向こうに開門岳を望むポイントもあった。
下りきるとそこはすでに大泊の集落で、写真では何度も見た「佐多岬ロードパーク」の赤いゲートが立っていた。
以前はここから素直にバスに乗ってしまう人が多かったようだが、近年のネットの発達で、この先の田尻集落までは県道が続いていてバス停もある事が広く知れるようになったようだ。(2007年4月に佐多岬ロードパークは無料町道となり自転車でも佐多岬に合法的に到達できるようになりました)
自分の違法な手段(時間外侵入)を使ってまで自転車で最南端へ到達することにこだわる気はないが、とりあえず自転車で行ける所までは行くつもりだ。
「ロードパーク」のゲートは入る車も出る車も全く無く、辺りは静まりかえっている。
料金所の茶髪の係員も実に暇そうで、ふんぞりかえって携帯をいじっていた。この仕事は彼にとって楽なのかそれとも辛いのだろうか…。
ゲートの横を抜ける道には、親切にもこの先に「さたでい号発着所」がある事を示す看板が立っていたが、テープで消された佐多岬へも一応行けるはずだ。
ロードパークと離れた県道は次第に細くなり、非常にきつい登りになった。こんな坂で頑張っても無駄なので迷わず押す。しかし、これほどの急勾配はいままで走った中でも記憶に無い。
サミットは大きな切り通しになっていたが道幅は狭く、普通車同士がすれ違うのがやっとだ。
昨年、ロードパークの廃止騒動の際、廃止後も生活道路として使いたいという意見があったようだが、まさにこの大泊と田尻の間のことだろう、ロードパークを通った事はないが、バスもそれなりに通う有料道路がこの県道よりも悪い道なはずは無い。
両側にシュロの木が植えられた南国ムード漂う道を一気に下ると「さたでい号発着所」の建物が見えてきた。その向こうに広がる海はどこまでも青く、九州の果てにふさわしい。
海中観察船が発着するらしい「さたでい号発着所」には、土産物屋や軽食コーナーがあったが、観光客の姿は無く、地元のおじさんが大声でしゃべっていた。
さあいよいよゴールが近づいた。バスの時間まではまだ結構あるが、とりあえず行ってみる事にする。
田尻のバス停は当然、ロードパークの途中にあるはずだが、ちょっとそれらしき道は見えない。
海沿いの斜面に広がる集落の中をさまようと、それらしき幅の広い道が見つかった。
しかし、よく見るとそこは先程のさたでぃ号待合室からすぐ先を曲がった所で、見事に見落としていた。
田尻のバス停のすぐ先には、「自転車、歩行者入場禁止、110TELアリ」となかなか強気な事が書かれたゲートがあり、やはり係員が暇そうにしている。
1218、ついに「自転車到達可能最南端地点」に到着した。周りはいままでと特に変わる事の無い風景が広がるが、充分に感慨深い。
どこからともなく「翼を下さい」のメロディーが聞こえてきたが、これは料金所の係員が聞いているラジオの音声だった。
ゲートの向こうの道は急な坂を登っていて、小高い丘を越えた先にあるはずの佐多岬を望む事はできない。
まだバスの時間までは間があるので、一度戻り自転車を置いてこようと思う。
さたでぃ号待合室に自転車と荷物を置き、辺りをぶらぶらしているとやがて時間が近づいたので、徒歩で再びバス停へ向かった。
しかし荷物をつけたままの自転車を置き去りにしてバスに乗るなどと言うのは、相当不安な行為だと思うが、さすがににここでは大して気にもならない。
佐多岬へと向かう最後のバスは、定時に到着した。予想通りというか乗客は自分一人で、車内には大音量でラジオが流れていた。
この先ロードパークは確かにバスがやっと通れる程度の幅員で急勾配の断崖が続く。歩道を付けるのも困難そうで、自転車、歩行者禁止も理解できなくもない。
数台の車とすれ違い、約10分で佐多岬のバス停に到着した。
駐車場には意外に車が停まっているが、従業員の物もあることだろう。
情報通り、すぐ先には大きなトンネルが口を開けていた。ここで100円を支払い先に進む。
ちなみにここには唯一の売店があり、ここでしか買えないと(思われる)佐多岬グッズが販売されている。しかし「佐多岬Tシャツ」は在庫処分のためお買い得。ってなぜ処分…。
意外に長いトンネルを抜けると亜熱帯の植物が生い茂る小径を岬へ向かい歩く。
ここには小さなアップダウンや石段も多く、おそらく漆黒の闇となる夜間の訪問者には楽ではなさそうだ。
神社の脇を抜け10分程歩くと、営業をやめて久しい雰囲気のレストハウスが出現した。
すっかり埃をかぶった室内には、平成2年の大河ドラマ「跳ぶが如く」のステッカーが張られていたので少なくともそのころまでは営業していたようだ
。
そこから少し登った所が展望台で1320、ついに本土最南端に到達した。断崖の向こうには雄大な東シナ海が広がり、右手には開門岳がそびえ立つ。
旅を始めた時には実際、本当にここまで来れるとは思ってもいなかった。しかし、もうこの先は無いと思うと少し寂しい気もする。
さて、これから今日泊まる宿のある根占まで戻らなくてはならないが、その前に背後に見える怪しげな展望タワーへ寄っておく。
見るからに老朽化した建物の内では当然ながら売店等一切営業しておらず、ガランとしている。
以前は落書きがひどかったようだが、今きれいに消されている。代わりに大学ノートが置かれ、カップルがなにやら書いていた。
狭いらせん階段を登りきると、ガラス張りの展望室に出た。
最南端の風雨にさらされ続けたガラスは視界良好とはいかないが、窓は手で開くので景色は楽しめる。
しかし一部ガラスが割れ、ロープが張ってある所もあり、ここもいつまで入れるか分からない。
建物から出る前に先程のノートを読むと、カップルの女は「もっときれいだったらいいのに」と書き込んでいた。
これが、現状を知らずに来た人の素直な感想だろう。
俺はもちろん、この状況を事前に知っていたから来てみて納得だし、家族連れやカップルであふれる小ぎれいな観光地よりも、このワイルドな雰囲気が性に合うともいえるし、実際景色も「岬」らしい「岬」で好きだ。
しかし、この閉鎖寸前の状況がいつまでも続くとは思えないので対策が必要なのだろうが、最大の弱点、周囲に有名観光地が無いという点は、如何ともし難く、多少設備を改修しても観光バスが押し寄せる事はないだろう。
最後には鹿児島県が買い取る形になるのかもしれないが、いずれにしても佐多岬の今後は気になる所だ。
帰りのバスも行きと同じく、「貸し切り」状態でラジオがかかっていた…というか行きの折り返しだったのだが。
途中には北緯31度線を示す看板もあり、改めて遠くへ来たことを感じさせる。田尻で乗る客は無く、バスは運転手だけを乗せて走り去った。
さてこれから、明るい内に根占まで戻りたいが、まだ3時間はあるので大丈夫だろう。
さたでい号発着所で、無事に荷物付きの自転車を回収し、来た道を走り出す。
同じ道でも、帰りの方がなぜか早く感じる。行きに結構苦労した、田尻、大泊間の道もあっと言う間に峠に到達した。
途中で猿と遭遇したが、北海道以外で、野生動物を見るのは意外にもこれが初めてだ。もっと幹線道路を避けて走れば機会もあったのかもしれないが。
大泊の集落には行きには気づかなかった「本土最南端」のスタンドを発見した
。
近くには「最南端」かもしれないスーパーもあったが、相当前から営業していない様子だ。
伊屋敷へ向かう登りの途中には、いつかネットで見たことがある、「↑日本最北端宗谷岬2700q」と書かれた標識を見つけた。
鹿児島県が設置したらしいこの標識に全く実用性は無いが、その遊び心を俺は好きだ。
峠のトンネルを抜ける辺りで小雨が降り出した。天気予報では今日の天気は持つはずだったので意外だ。でも行きでなくてよかったとも思う。
雨は強弱を繰り返しながら、断続的に降り続いたが宿へ戻れば風呂にも入れるのでカッパは着ずに行く。
行きは営業していなかった道の駅の物産館を覗いた後、最後の峠を越え根占の街に入った。
今日泊まる「錦江湾サウスロードYH」は国道から少し離れた、以前のフェリー乗り場の近くにあり、少々手間取ったが1732、無事に到着した。
シーズンオフの為か、客は自分一人で残念だが夕食はちゃんと出るらしく安心した。
宿のすぐ近くには、町営温泉施設「ねじめ温泉 ネッピー館」があり、ユースの客は割引で入れるので得した気分だ。
広い浴場には濃い湯気が立ちこめ、隣の人の顔も良く見えないほどだったが、褐色がかったにごり湯は、旅の疲れをいやしてくれる気がした。
分割日本縦断はこれで一応完成したが、まだ明日、桜島経由で鹿児島まで戻り無事に帰宅するまでは、終わりとは言えないだろう。
無事故完走という大目標を達成するためにも明日こそ気を引き締めて行こうと思う。
本日の走行距離約100km 走行時間約8時間30分 自宅からの走行距離2300.53km以上〔推定〕